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2006/04/01

県庁の星

母が織田裕二ファンなので見に行かされた。
母に「これはDVD出てから借りてみたらいいやん?すぐテレビでやるしさ」と
何度か説得を試みたが、「いやー今すぐ見るー」とだだをこねられ、
平日のくたびれた日に無理して見に行ったのだ。
すると母はすいてるのをいいことに前の席に足を投げ出すわ、私にやたら話しかけるわ、
「ここは家かい」と突っ込みたくなる傍若無人を尽くした挙句に、
終わってくたびれ果てた私に「面白なかったわ」と怒る始末。
わが親ながら殺意が芽生えたわ。

そういう家庭事情なため、織田裕二は面白くない映画には出てほしくないのよ。
お願いしますよ。

何がつまらなかったんだろ、ストーリーは頑張ってるし、笑えるところもあったけど、
なんだかひどく中途半端だった。
県の話なのかスーパーの話なのか、笑える話なのか泣ける話なのか、
恋愛モノなのかそうでないのか。あれもこれもと手を広げすぎて、散漫になった感じ。
笑いあり、涙ありのエンタメを目指したんだろうけど、成功しているとは思えなかった。
脚本もそういうわけでうまいとはいえないし、テレビドラマだったら質はいいんだろうけど。

柴咲コウとの恋愛にするにも、県庁エリートから反省して人間として変わったようには
到底見えない、ずっと同じ演技の織田裕二に、なぜ柴咲コウが惹かれるのかが
説得力ないし、そもそも歳が離れすぎてて不自然。
爽やかな好青年で若い子と恋愛できる歳は終わったぞ、織田裕二。
そろそろ父親役とかできるようにならないと、俳優人生やばくないか?と素で心配する私。

原作って柴咲コウの役がおばちゃんなんやってね。ちっ、そっちでコメディ路線でやった方が
ぜーったい面白かったのにーー。でも織田裕二がOKしないよな。

と、「こっちの方が面白い」妄想がむくむくとわきあがってしまい、
・二宮が大阪のおばちゃんだったら
・石坂浩二が悪代官だったら
というテーマで別バージョンを書いてみた。
ちょっとだけ書くつもりがノリにノッてしまい、こんなにだらだらと書いてしまったのだが。
ま、気が向いたら読んで下さい。暇つぶしくらいにはなるかも。

別バージョン「県庁の星?」

民間人事交流が決まり、意気揚々とスーパーに向かう、出世頭の野村。
行った先では二宮というパート社員の下につくことになり、店長から紹介を受ける。
「あーあんたが県庁からきた人?私二宮やけど、あんたの世話係らしいねん。まあでも今それどころちゃうしさ、あんた布団売り場でぼんやりしといてくれる?」
二宮はでーんと太ったおばちゃんであった。どこで買ったのか、大きな虎の顔が編みこまれたセーターを着ている。名刺を渡そうとしていた野村は拍子抜けして立ちすくむ。
「わかりました。では、接客マニュアルを貸していただけますか」
「はあ?何それ。布団売り場で冷やかしの客の相手するだけやん。レジくらい打てるやろ、おつりまちがえんとってな。まあ頼むわ。ほな、私忙しいし、行くわなー」
二宮はとっとと去っていった。しかし1時間後。
「県庁さん、どうよ、ちゃんとお客の相手してる?」二宮はふらっと戻ってきて、売り物のソファに座った。
「二宮さん、それは売り物では・・・」
「客が来たら立つやんかー。お堅いこと言いなや。あ、でも私のお尻のあとつくなあ、これ安もんやしなあ」がははと大笑い。
「二宮さん、そちらの持ち場はいいんですか」
「ああ、今暇やしええねん。ああそうそう県庁さん、自分、まだ独身?」
「・・はあ?」野村です、と意気込んで言おうと思った野村は目を見開く。何を言いだすのだ。
「独身やったらええ話あるねんけど。惣菜売り場の光浦さんとこの娘さん、今28歳なんよ。ええ子やでえ。どうよ?自分まあまあいけてるし、ええ話やと思うわ」
「・・いや、僕には婚約者がいるので。社長令嬢です」
「うわあ、社長令嬢なん。逆玉ってやつかいな。やりよるやん。でもあれやろ、どうせブスなんやろ。」
「いや、別にブスではないです」
「まあそういわんとちょっと考えといてえなー。頼んだで。ほな、店長きたらあかんしそろそろ行くわ。あとよろしくなー」
どっこいしょ、と二宮は立ちあがって悠然と去っていった。ソファには大きなお尻のあとがついていた。

その日、何人もの店員に「あ、県庁さん、逆玉なんやってなー。やるなー」と話しかけられることになる。どうやら全員が知っているようだ。えらいところに来てしまった。野村はため息をついた。

その頃。県庁の休憩室。エスプレッソ飲み放題、県の景色が窓から眺められる優雅な部屋で、議長の古賀と佐々木はコーヒーを飲んでいた。
「うまくいったなあ、佐々木」
「そうですねえ。古賀議長の決断力には恐れ入りました」
「何を。あの野村って奴は気にくわんかったのだよ。生意気な口を利きよるからなあ。あいつが「民間意識の吸収が肝要かと思います」などとぬかしよるから、スーパーに飛ばしてやったのだ。何も知らずに意気揚々と行ってやがったなあ。がはは」
「本当に。まさかもう県庁に戻ってこれないとは思いもせずに」
「ほう、佐々木。あれは半年間の懲罰のつもりだったが、何か策はあるのか?」
「はい、ございます。あそこのスーパーは在庫管理がなっておりませんで、防火体制のチェックが入ったらいつでも倒産でございます」
「ほう、それで」
「なので、昨日タレこみを入れておきました。近いうちに、大岡証券があちらに入ります」
「大岡証券?」
「・・・隠語でございます。消防局の抜き打ち検査のことです。」
「ほほう、では奴がいるうちに、スーパーは倒産の憂き目に遭うわけだな。そして、野村にもその火の粉は飛ぶ、と・・」
「まあ、共犯と見なされても仕方ありませんね。処分は免れますまい」にやりと佐々木は口の端をゆがめる。
「おぬし、そんなさわやかな顔をして頭が回るのお。手回しが良いわ。まあ、これで野村が消えれば、おぬしの目の上のたんこぶも消える、というわけだな」
「そういうことです。私にも彼は少々、目障りでして。・・・では、うまくいきましたその節は、是非おひきたてのほどを」
「ほほお、佐々木、おぬしも相当のワルよのお」
「いやいや、古賀議長にはかないませんて」
ふぉっふぉっふぉっ。二人の高笑いが、広い休憩室に響く。

そして、数日後。布団売り場に二宮がやってくる。今度は、同い年くらいのパートのおばちゃんと、若い娘がついてきている。若い娘は寒いのにミニスカートで、上はピンクのひらひらのカーディガンを羽織っており、髪はくるくると巻かれているが、それが全く似合っていない。
「県庁さん、連れてきたで。ほら、こないだ言ってた光浦さんの娘さん。」二宮は何故か鼻高々である。
「はあ」
「ほら、靖子ちゃん、照れてないで挨拶しいや」と、二宮は母をさしおいて娘の背中をばちーんと叩く。娘は一歩前に出て、小首をかしげた。
「はじめまして、靖子です。よろしくお願いします。で、いきなりですけど、県庁さんって年収おいくらー?」
野村は眩暈がした。二宮はそれを聞いて真顔でうなずいている。「そや、大事なことや」

と、そこに、店内放送が響く。「業務連絡、業務連絡、大岡証券さまがお越しです。ご担当の方は、事務室までお越しください」
二宮の顔色が変わった。「うわ、やば、在庫山積みやん。店長に言われとったのに、片付けといてって」一目散にかけていく二宮と光浦母。野村もわけもわからずあとを追う。靖子も追ってくる。
「いやーん待ってー県庁さーん。年収はー?」

野村が行った先では慇懃無礼な役所の人々が整列し、鬼のような防火チェックが行われていた。彼らは「次回検査で合格しなければスーパー潰してやるから」と慇懃に言って、去っていった。
そこに同じお役所のにおいを嗅ぎ、懐かしがっていた野村だが、二宮はきっと振り向く。
「あんた、県庁なんやったらなんとかしてよ。県庁やろ。防火もやってんねんやろ。ちょっと賄賂送るとか手えまわすとかできへんのん」
「いや、あの、担当部署が全然違うので・・」
「なんでやねんな。県庁に決まってるやんいまのん」
「いや、ですから」
ふと見ると店の者が皆野村をにらんでいる。なんだ、俺が何したっていうのだ。野村は窮地に立たされた。

野村はその日のうちに防火対策係を押し付けられ、壮絶な量の在庫の整理をさせられる羽目になった。二宮はじめ、パートのおばちゃん、おっちゃんたちも店長命令でやらされていたが、ぶつぶつ文句ばかりこぼしている。
「なんで残業なん。でも残業時間の時給、いっつもでえへんのに。これってなんか違反とちゃうのん、県庁さん」
「いや、ですからそれも僕の担当ではなくて」
「なにいうてんのん、県庁は何でもやってるねんやろ」
・・・野村は説明を諦めた。作業に戻る。

肉体労働でふらふらになって帰路につく野村。帰りに社長令嬢の篠原貴子と駅で落ち合い、一緒に家まで帰ることに。
「まあ、よれよれねー野村さん。スーパーの店員なんて、だっさーい。」
「ごめんよ貴子。半年の辛抱だから」
「ちゃんと出世してよねー。お友達に笑われちゃうじゃなーい」
「わかってるよ」
家までついた二人。すると、ピンクの服をきた靖子が家の前で待っている。
「野村さーん。きちゃった。」小首をかしげる靖子。野村は眩暈がした。靖子は手にスーパーの袋を提げている。
「カレー作ろうと思って待っててん」
「・・・どうして僕の家を知ってるんだ」
「えーおかあさんに社員名簿見せてもらってん」
個人情報保護はどうなってるんだ。憤る野村。靖子はしなだれかかる。
「でもいいやん、私と野村さんの仲なんやし」
「ちょっと、どういうこと野村さん」怒る貴子。
「いや、この人はなんにも関係がなくて。貴子、信じてくれ」
「いやー。スーパーの店員に二股かけられるなんてー。貴子許せなーい。もう顔も見たくないー」
貴子にビンタされる野村。貴子は走り去る。「おい、貴子、待ってくれ」しかし疲れていて追いつけない。
「もう、ええやん。野村さん、あんな女。ええからうちにはいろ、カレー作るし」
何を勘違いしたのか腕を絡ませてうっとりする靖子。ええい、ままよ。野村は靖子にされるがまま、家に入りカレーを食い、そして疲れて眠っているところを・・・
襲われた。「あーれー」

朝、何故か靖子に見送られ、茫然自失でスーパーに出勤し、布団売り場でぼんやりしている野村に、二宮が寄ってくる。
「あんた何さぼってん、在庫片付けてえな。店長呼んでたで。・・・で、ところで夕べ靖子ちゃんそっち行ったやろ、どうよ」
・・・なんで知ってるんですか、という気力もない。野村はうなだれた。
「どうなん、なあなあ。でもあんた、まず彼女と切れてもらわな、二股は困るで」
怒る気力もない野村。すると客が現れた、と思ったら、颯爽とスーツを着こなした佐々木だった。
「野村、どうだい調子は」
親友佐々木の登場に野村は元気を取り戻した。「おお、佐々木。元気か、そっちはどうだ」
「へーえ。布団売ってるのか。ふふ、県庁のエリートが台無しだなあ」
「あんた県庁さんのお友達?」当然二宮は口を出す。「なあなあ、ええ男やん、独身?」佐々木は汚いものをみるかのように二宮を一瞥し、彼女を無視して野村に向き直った。
「ところで、今回の老人ホームプロジェクトの件だけど、君には外れてもらうことになったよ」
「何?どうしてだ。スーパー勤務が終われば僕はそれに関わるはずだったんだ。どうしてだよ、佐々木」
「このスーパー、もうすぐ倒産だろ?県庁から人事交流中に倒産なんてことになったら、なんとなく戻りにくいよなあ、なあ?野村」
佐々木は高笑いをする。野村は青ざめた。「どういうことだ。おまえ、どうして知ってる。防火チェックのことを」
「さあ?」
「まさか、おまえか、抜き打ち検査をしむけたのは」
「さあねえ。ちょっと一箇所電話したかなあ、そういえば。うちの伯父は、消防署にいるんだよねえ。情報筒抜けなんだよねえ。このスーパーがやばそうとか、そういうのもねえ」
「えーあんたちくったん?うわ、しょぼいことしよるなあ、男のくせに情けない」二宮が目を吊り上げる。佐々木は二宮にむかって嫣然と微笑んだ。
「さあて、僕はちょっと、この野村くんに痛い目に遭って欲しかっただけですよ。ちょっとね、最近調子に乗ってましたからね。恨むなら野村君を恨んでください」
「まあなあ、県庁さんは感じ悪い人やけどもなあ」何故かそこで納得する二宮。「でもなあ、ちくるのはあかんで。店つぶれたらどうしてくれんのよ」
「さあ、どうでしょう。では僕はこれで失礼。布団売り、せいぜい頑張ってくれたまえ」
高らかに笑いながら佐々木は去っていった。
「ちょっとあんた。そんななあ、恨まれるのは勝手やけどな、人に迷惑かけんとってえな。あんたのせいやんか」
親友の裏切りに打ちひしがれている野村に、二宮の罵声が飛ぶ。
「僕のせいじゃない・・・」
「なーにが「僕のせいじゃない」よ。気取ってんとちゃうよ。もう知らんわ」
二宮は佐々木の行った方にぷりぷりと去っていった。野村はため息をつき、ソファに座り込んだ・・・・

翌日。何故かまだ家にいる靖子に見送られ、野村は出勤。おとなしく在庫整理にいそしんでいた。もうどうにでもなれ、の気分である。
すると、昨日の不機嫌はどこへやら、満面の笑みで二宮がやってくる。勤務中にも関わらず、手には携帯電話が握りしめられていた。
「ちょっとちょっと県庁さんきいてえな。昨日な、あのいけすかん兄ちゃんにむかついたもんやから、あとつけてみたんよ私」
「はあ?仕事中に?」
「まあそれはええやんか。でな。あの人車乗ったから私もタクシー拾ってさ、「前の車を追ってください」ってやってみてん。なんかあれやろ、火曜サスペンスみたいでかっこええやろ?でもあれなん、タクシー代、県庁の経費で落ちへんの?領収書とってるねんけど」
「落ちません」即答しながら、ちょっと興味をひいた。「それで?彼はどこに?」
「なんかなあ、篠崎建設とかいうえらいでっかい会社に行ってなあ」
篠崎建設。今回の老人ホームの建設にあたる業者だ。社長の篠崎は、貴子の父でもある。篠崎を父と呼ぶ夢は靖子のせいであっさり露と消えた・・・。感慨にふけってしまっていると、二宮が怒った。
「ちょっと、聞いてるのん。そこからなんよ話は。それでな、そこのロビーでな、えらいえらそうなおっさんと会ってたんよ。皆やたらぺこぺこしとってなあ。あれ社長か、部長か、そのへんやな」二宮は得意げだ。
「それで?」
「それでなあ、なんか渡しよったんよ、そのえらいさんが、あの兄ちゃんに。こそって感じでなあ」
「こそっ?」
「そう、周り気にしながらこそこそと。でもなあ、私、こっそり近くにおってんなあ。でな、」
そこで二宮は得意げに携帯を取り出した。「これ撮ってん。」
二宮が出した携帯の画面には、篠崎社長が佐々木に分厚い封筒を渡しているシーンが、しっかりと収められていた。あまりのベタさに野村は茫然とする。
「よくとれましたね、こんなの」
「当たり前やーん。大阪のおばちゃんなめたらあかんで」二宮にばちーんと背中を叩かれて、野村は顔をしかめた。
「これって賄賂やろ。なあ、そうやろ?な?すごいやろ」
「そうですね。これを公表したら、大問題ですね」
「やろ?やろ?ほなどうする?あの兄ちゃんをぎゃふんと言わせてやろうや」
二宮の顔はきらきらと輝いていた。転んでもただでは起きないおばちゃんパワーに圧倒される野村であった。

と、そこに。厨房の方で騒ぎが持ち上がる。「おーい、弁当注文入ったで。100人分やって。お、県庁からの注文や。ありがたいなあ」
野村は気になって厨房をのぞいてみた。厨房をとりしきるおばちゃんが話しかけてくる。
「おう、県庁さん。弁当出来たら運んでくれへん?今度老人ホームできるやろ、あの建設予定地に運んで欲しいらしいわ。自分、場所わかるやろ?」
「はあ、わかりますが」苦い思いをかみしめる。
「あれかな、地鎮祭でもやるんかいな、なあ」
横で当然のように二宮が聞いていた。
「なあ、県庁さん、それってあの兄ちゃんくるのん?」
小声で聞いてくる。野村はうなずく。
「多分。で、篠崎建設の社長も来るでしょうね」
二宮はそれを聞いて珍しく考え込んだ。そして、ぱっと顔を上げる。いいことを思いついた顔だ。
「県庁さん、一緒にいこ。私も手伝ったるわ」
「え、二宮さん・・・?」
ぼんやりしてる間に野村は二宮にひっぱられ、100人分の弁当を運ぶためのトラックに乗せられ、しかも運転させられてしまう。
「二宮さん、何かたくらんでません?」
あまりに二宮がにやにや笑っているので、運転しつつ嫌な予感が消えない野村。
「まあまあ、ええからええから。ほら、急ぎ。私に任せときって」
またぱーんと肩を叩かれ、野村のハンドルさばきが揺れた。
「うわ、あぶないがな、ちゃんと運転してえや」二宮ががなる。誰のせいやねん。野村は怒りを必死に抑えた。自分が大阪弁をうつされてることには気づいていなかった。

目の前に崖が広がる、広大な土地。真っ青な空、下を覗けば真っ青な海。
そこで地鎮祭が行われている。うやうやしい行事の様子を、たくさんのパイプ椅子に座った地味なスーツ姿の男達が見守っている。県が進めている巨大老人ホームの建設場所がここであった。
重々しい雰囲気で場が進むなか、トラックが1台その近くまでやってきて停車した。
そこから降りてくるのは、スーパーの店員の格好をしたおばさん二宮と、そして野村であった。
二宮と野村は荷台から弁当をせっせと休憩テントに運んでいたが、二宮はそこにマスコミ関係者が多数カメラを構えているのを見逃さない。
そして弁当を運び終え、野村はテント内で座って少し休憩していた。まさにその時、厳かな地鎮祭の空気を一瞬にして破る大声が響き渡った。
「ちょっとちょっと、県庁さん!」
びっくりして外をみやると、二宮が手を大きく振って野村を呼んでいる。「早く早く、県庁さん」
あまりの大声に皆が全員こちらを凝視する中、野村は二宮に仕方なく近づく。行かないと叫ぶのをやめてくれそうにない。
「なんですか、いい加減にして下さいよ」小声で諭す野村におかまいなく、二宮は大きな地声で話し始めた。
「あの人、こないだ私が見た人やろ?県庁の人?」
あの人、と指さす先には佐々木が座っている。指さされた佐々木が驚いて目を泳がせている。
「あれやんあれ、篠崎建設とかいう会社の社長さんと会ってて、なんか受け取ってた人やんか、なあ」
二宮は抜け目なく、マスコミ関係者が座る席の近くに陣取っている。
「写真もあるで、ほら、この人やろ」オーバーアクションで携帯を取り出した二宮、例の写真画像を出して野村に見せ、もせず高く掲げた。「ほら、なんか渡してるやろ、ほら」
騒ぎをききつけてマスコミが既に集まっていた。うち一人が二宮の携帯に手を差し出す。「それ、見せてもらえますか」
「どうぞどうぞ~」
待ってましたとばかりに二宮は携帯を差し出す。マスコミが争うようにその写真を見る。そしてカメラマンと記者が携帯を握ったまま佐々木の方に走っていく。
「間違いない、この人だ」「篠崎建設の社長と会って何をもらってたんですか」「今回の老人ホーム建設をうちに任せてくれという金ですか。賄賂ですよね」
あっという間に佐々木はマスコミに取り囲まれる。地鎮祭は騒然となり、二宮は得意げにインタビューを受けていた。「あの人に間違いないわ、私見たねんから」
佐々木、そして篠崎建設の社長がマスコミに押されて質問攻め、もう姿が見えない。佐々木が逃げようともがいている姿が野村にも見えた。野村自身は、なんだか悪夢を見ているような気持ちで、今の騒ぎを眺めているだけだった。もし自分が県庁にいたままだったら、自分がきっと糾弾されていた・・とぼんやり思いながら。
そして耐えきれずに佐々木は叫んだ。「違う、俺は古賀議長に金を運んだだけだ!俺じゃない!古賀議長がやってたことなんだーーー」
今まで知らぬ顔をしていた古賀がとたんに真っ青になる。「な、何を言うんだ佐々木君。見苦しいじゃないか、やめたまえ」
マスコミが古賀議長に押し寄せ、追い打ちをかけるように篠崎社長も叫んだ。「そうだ、俺は古賀に金を渡したんだー」もうみんな、やけくそになっていた。
マスコミは今度は古賀議長に群がった。ニュースキャスターあがりの美人知事にも群がった。阿鼻叫喚の様相を呈すこの広大な敷地。
後の方で、もう相手にされなくなった二宮が、野村に近寄ってきた。
「さ、ほな帰ろか、仕事仕事」ぼんやりしている野村の背中をばっちーんとたたき、そして車に向かって歩き出す。その巨大な後ろ姿を、はじめて偉大だと思った野村であった。恐るべし、大阪のおばちゃん。

翌日野村は県庁に呼ばれた。人事部長に呼び出されたのだ。
その日は朝から、県と篠崎建設との贈賄疑惑のニュースでもちきりだった。何故か二宮がとった写真も証拠としてしょっちゅうテレビに登場し、知事が記者会見を行ったり、もうてんやわんやであった。野村はいやーな予感がしつつ部長室に行った。
「失礼します」
入るなり部長は野村をにらみつけた。
「おい、内部告発たあどういうつもりだ。ちょっとスーパーいかされたからってなあ、それはないだろ、なあ?」
「い、いや、私は別に、内部告発などと・・」
やったのは全部二宮なのだ。野村は反論を試みたが、部長にたたみかけられた。
「あの女とぐるでやったことだろう。調べはついている」
絶対調べてなぞいないくせに、自信満々で部長は言った。「そんなことやってのうのうと県庁に戻れるとは思ってないよな?な?」
人事部長のくせにヤクザみたいな脅しをかけられ、野村はびびった。
「クビにするのもまずいから自己都合退職で処理しておく。とにかく今日からもう君はここにはこないでくれ。もうおまえの席はない」
言い放つと、人事部長はそっぽをむいた。
「あ、あの、ですから、私は」
「ごちゃごちゃ言わずに出て行け!」
・・・野村は悄然と部屋を出た。

傷心のまま県庁を出る野村。まあいい、あんな県庁にいてもしょうがないし。と自分を慰めつつ、自然とスーパーに向かっている。県をやめるのであれば、交流先であるスーパーもやめることになる。挨拶でもしとこうと思った。しかし彼らには振り回されたな、と苦笑しつつも、あまり憎む気にならないのが不思議だった。
スーパーについた。挨拶をしようと店長を捜していたが、なんだか空気がおかしい。店員が緊張している気配が漂う。どうしたんだろう、と思いつつ奥に進んでいくと。
「あー、県庁さーん。出勤遅いがな、ちょっと早くこっちきてえな」
聞き慣れた二宮のだみ声が響き渡る。あわてて声の方に行くと、店長と副店長と二宮が防火対策のチェックの役人とにらみ合ってるところだった。二宮と目があった、とたん二宮が叫ぶ。
「県庁さん、消防法第9条って何?読み上げてよ」
野村は何がなんだかわからないまま、エリートの性質で暗記している消防法をつい朗々と読み上げてしまった。役人が目を丸くしている。
「この人は社員なのか?」野村を指して二宮に聞く。「県庁さんとか言ってなかったか?」
「このスーパーのパート社員です。優秀なので管理も任せています。県には関係なくって、ケンチョウという苗字なんです」
いけしゃあしゃあと二宮は言う。パート社員?ケンチョウという苗字?疑問ばかりの野村だったが、役人はしぶしぶうなずいた。
「では、中を案内してもらえますか」
副店長が胸をなでおろしながら役人を連れて中に入っていった。
「・・二宮さん、なんなんですかこれは」
「消防検査やがな。今日抜き打ちで入ってん。まあ、片づけは済んでるし大丈夫やとたかをくくってたら、なんか、なんとか義務とか言って、責任者は法律の条文を知ってなおかしいとかいちゃもんつけよってな、だーれもなーんにも知らんから、やばかってんよなー。おかげで助かったわ。あーそういやあれむちゃくちゃニュースになってんなあ。ざまあみろやなあ。私のとこにも昨日の夜取材がきてさあ、テレビに顔出るかと思って今朝からニュースみまくっててんけど、でてけえへんかってんなあ。なんでやろうなあ」
「二宮さん、その件で責任を取らされて、僕は県庁を辞めることになりました」
野村はあきらめの境地で静かに伝えた。
「は、なんでやのんそれ。県庁さん悪いことしてへんがな」二宮は声を張り上げる。
「内部告発した者への制裁です」実際自分は何もしていないが、と思いつつ野村は説明する。二宮は何故か納得した顔になった。
「ま、私と県庁さんの名コンビが事件を解決したわけやからな。ま、しゃーないわな」
誰が名コンビや。つっこみたくなる野村を、二宮がまたばーんと叩く。
「ほら、仕事仕事。いつまでスーツきてんねん。ほら」
「いや、ですから、交流人事も終わりなので、今日は挨拶に・・」
「なーにを言うてんの、今日からここで働いたらええやんか、時給700円スタートやで」
「え。パートでですか」
「当たり前やんか。あんたみたいな使えん人、社員なんて100年早いわ。ま、店長には言うとくから。ほら、布団売場頼むで」
「い、いや、でも」二宮にぐいぐい押されながら野村は抵抗を試みる。
「それにあれやろ、あんたがおらな困るねんよ。次の消防チェックまでに消防法覚えなあかんやん。めんどくさいやろ」
そういって二宮はにやりと笑った。野村はそれを見て諦めの境地に陥った。これからは、このだみ声にこき使われるらしい。とりあえずクビになった今、自分の将来はここしかないのかもしれない。野村はため息とともに覚悟を決めた。

家に帰るとしつこく靖子がいた。最初に大量に作りすぎたため、ここ数日はずっとカレーを食わされているが、今日もカレーのにおいがする。野村はかいがいしく迎える靖子を追い出そうと、こう切り出した。
「県庁をクビになって、今日からスーパーのパートになった。年収がすごく減るし、君ももういいだろう、僕のことは」
靖子は一瞬固まったが、すぐさま笑顔になる。
「じゃあ私もパートに出るわ。お引っ越しもして、二人で神田川しようよ」
そう言った靖子の声は陶酔していた。
「神田川?」
「そう、二人で銭湯に行くねん。あなたは私の身体を抱いて、冷たいね、って言うねん。わーかーすーぎーたーあのーころーなーにーもーこわくーなかったーー」
野村の反論を一切受け付けず、靖子はそう歌いながら台所に行ってしまった。音程がはずれすぎて、神田川の曲には聞こえなかった。
「たーだー、あなたのーやさしさがー。こーわーかったー。・・・カレーできたで。食べようや」
このカレー女も出て行ってくれないらしい。強く言えない自分が嫌いな野村であった。

こうして野村は、スーパーの店員として働くことになる。時給700円で何故か靖子まで抱える暮らしは当然だが苦しく、靖子も同じスーパーで働くことになった。当然のように妻として居座る靖子に反論する元気もない野村は、そんな状態で1ヶ月も過ごしてしまった。するとある日、野村が出勤するなり、二宮が走り寄ってきた。
「あんた、赤ちゃんできてんてなー。靖子ちゃんから聞いたでー。妊娠1ヶ月らしいなー」
聞いてなかった野村はそれこそ倒れそうになった。
「え、知らんかったん?よかったなあ、紹介した甲斐があったわー。はよ、籍入れてあげてやー」
やってきた初日に襲われたことを野村は思い出した。計画的犯行だったのか。しかし、県庁をやめてスーパーで働いても何故か離れなかった靖子に、妙な安らぎも感じていた野村は、ため息をついて諦めることにした。最近それには慣れている。

そして、子持ちのスーパー店員野村が誕生した。俺は県庁の星じゃなくてスーパーの星になってやる、と野村は堅く誓ったのだった。

                                              了

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コメント

素晴らしい!ざれこさん!
これを本にしましょう。マジで面白かった。
これを織田裕二がやると、なかなかインパクトがありますよねぇ。。。

投稿: みのり | 2006/04/01 15:42

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『県庁の星』を観た。 我が心の友(勝手に言っている)の織田裕二が出ているので、初めから、大きな期待を持っていた。 面白いといえば、面白い。 物足りないといえば、物足りない。 期待したほどではなかったというのが、本当のところ。 改革していく途中を、も...... [続きを読む]

受信: 2006/04/01 15:40

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